アメリカズカップ・スペシャル・レポート2

2月7日午後1時過ぎ、スタートのエントリーサイドを決めるコイン・トスが行なわれた。防衛側のソシエテ・ノティーク・ド・ジュネーブ(スイス。以下SNG)はコイン・トスに負け、挑戦者側のゴールデンゲイト・ヨットクラブ(米。以下GGYC)にエントリーサイドの決定権を奪われてしまった。挑戦者CGYCは、第1レース、スターボードのエントリーを選択した。

さて、8日のレースが始まるまでに、今回の第33回アメリカズカップの情報を整理しておこう。まずは『贈与証書』から。『贈与証書』とはアメリカズカップ争奪マッチの基本憲章とも言えるもので、この規定に従ってレースは行われる。(レポート/西村一広)

22年ぶりの贈与証書マッチ 

複数のヨットクラブがアメリカズカップ挑戦に名乗りを上げ、その中で勝ち残ったヨットクラブが、カップを保持しているヨットクラブに挑戦する。これが一般によく知られている近代アメリカズカップの形態だ。

 しかし、実はこれは、アメリカズカップマッチの方法を規定している規則『贈与証書』による、本来のアメリカズカップは異なる。

 条件を満たすヨットクラブが、挑戦を決意して、挑戦艇の主要目を書き込んだ挑戦状をアメリカズカップを保持するヨットクラブに送りつける。挑戦状を受け取った防衛ヨットクラブはその挑戦を受けて立たたねばならず、レースの場所を指定した上で、10カ月以内にレースを行なうべし。このように『贈与証書』は規定している。

 2月8日に開幕する第33回アメリカズカップは、『贈与証書』で認められた挑戦者GCYCがSNGに挑む。この、本来の形態で開催されるアメリカズカップは、1988年以来、22年ぶりのことだ。

 次に、今回のレース方法について説明しよう。

レース方法

『贈与証書』に従って、第33回アメリカズカップは、先に2勝したヨットが勝者となる。レースエリアは、バレンシア港から東方向に約40海里、南北54海里のエリアで囲まれた海面。

 レースコースも『贈与証書』に定められている。

第1レースのコースは20海里の風上航と折り返しの風下航。マークは反時計回り。

第2レースは、39海里の正三角形のコースで、最初のレグは風上航とする。各マークは反時計回り。

最初の2レースが1勝1敗となって、第3レースを行なう必要がある場合、コースは第1レースと同様とする。

各レースのタイムリミットは7時間。

 風速15ノット以上、波高1メートル以上のコンディションではレースは行なわれない。風速を計測する高さは「水面上60メートル」とされている。海面上60メートルというのは、挑戦艇、防衛艇双方のマストの高さにほぼ匹敵するが、かなり高い。

 これまでのアメリカズカップでは海面上10メートルでの風速が判断の基準とされていた。レース運営側は60メートルもの高度の風速をどのように計測するのか。レース運営の担当者は、「防衛艇と挑戦艇それぞれのマストヘッドユニットで計測した風速データの提出を求めるつもりだ」と言う。しかし、レースをする当事者にレースコミッティーが風速を計らせることはなんだか変だし、さらに、果たして双方は、正直にそのままデータをレースコミッティーに渡すだろうか?

 第1レースは2月8日。予告信号は午前10時。ただし、午後4時30以降に予告信号は発せられない。第2レースは2月10日。もし第3レースが必要な場合は、2月12日。これは『贈与証書』で規定されている「レースとレースの間には1平日(weekday)を隔てなければならない」に準拠したもの。

 上記のようにレース日が定められているとはいえ、海面上60メートルでの風速が15ノット以上あればレースは行なわれない。その高度での風速が15ノットだと、摩擦抵抗で風が弱い海面付近での風速は10ノット前後の風に過ぎないはずで、それを考えると、上記のような日程で粛々とレース・スケジュールが進んでいく可能性は少ないように思われる。

 そのことから、実施要綱では2月15日から25日までをレース予備日として定めており、レースの勝者を決定するために必要なら、さらなる予備日を追加する可能性があることも言及している。

 マルチハルの対決

ここ最近のアメリカズカップで使われてきたヨットと明日からのアメリカズカップで使われるヨットとの大きな違いは、今回の2隻はレース中に転覆する恐れのあるデリケートなマルチハルだということだ。モノハルのアメリカズカップクラスでも転覆・沈没はあったが、それはあくまでも構造上の欠陥が理由だった。

今回の場合は、クルーのミスでいつひっくり返ってもおかしくない、というヨットだ。観る側からしたら大そうな見物になると思うが、当事者にとっては大変なことだ。規定風速の上限で、しかもつばぜり合いのレースになれば、その可能性はゼロではないはずだ。とくに第2レースは真の風角120度の浅い角度のリーチングのレグが2つもある。

転覆が起きるとしたら風上マーク回航を含めた、このレグだ。

クローズホールドで25ノット、リーチングのレグでは50ノットにも達する2隻の巨大ハイテク・マルチハル艇によるアメリカズカップの第1レースが明日いよいよ開幕する。本当に実現するのかと思われたレースだが、ここバレンシアでは、現実のものとして実感できるようになってきた。

第1レースのエントリーサイドを決めるコイン・トスを見守るバレンシア市民(photo by Kazu Nishimura)

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