2010年2月13日 のアーカイブ

アメリカズカップ・スペシャル・レポート8

2010年2月13日 土曜日

2月12日 バレンシア その1

第33回アメリカズカップ、第1レース。結果は〈USA〉の勝利となった。

朝9時30分。この朝も、BMWオラクルのドックアウトに招待され、約束したBMWオラクルのコンパウンドの前で待つ。

出艇は、レースコミッティーからの要請で2時間遅れた後、さらに2時間遅れることになっていた。だから、この日はぼくも、朝5時45分、7時45分、と2度もBMWオラクルのコンパウンドまで出直したのだった。

しかし、その後レースコミッティーから、速やかに海上に出て待機してほしいとの要請がチームにあって、〈USA〉とクルーは急遽出航を1時間早めたらしい。

そのことをBMWオラクルのコンパウンドにやってきた福ちゃん(早福和彦さん)から教えてもらう。福ちゃんも家でのんびりしていたら観戦艇が先に出てしまったらしく、慌てて家族用の観戦艇に乗せてもらいに来たとのこと。

おかげで助かった。さもなければ、〈USA〉の出艇は見られない、メディアボートにも乗り遅れる、というみっともないことになるところだった。

10時00分 出航直前のメディアボートに飛び乗る。

10時30分 海に出る。ポート・アメリカズカップの出口が、出て行くボートで混み合っていて、水路を抜けるのにえらく時間を食う。

港を出たメディアボートは一路、北東へとひた走る。東からの大きなうねりが残っている。

風は南西、10ノットほど。

10時45分 沖に出るに従って風は右にシフトし、同時に弱くなっていく。うねりは依然大きく、1.5mくらい。時折2.5mくらいの大きなのがセットで入ってくる。

10時50分 風は北まで回った。

11時00分 風がパッチーになってきた。

11時05分 風がなくなった。

11時15分 うねりだけが残る、とろりとした海。南の水平線がキラキラしているのは、来る風ではなく、ちょっと前まで吹いていた北東風の後ろ姿だろう。

11時30分 南西から、弱いが新しい風が入ってきた。東からのうねりの中、カタマランのメディアボートは、派手にピッチングしながら北東に向かって走り続けている。

11時45分 南西風が安定してきた。船内のモニターでTV中継が始まった。

12時00分 南西の風は12~13ノットに上がり、安定してきた。

この風でレースを行なうとしたら、このメディアボートはスタート/フィニッシュエリアにいることになる。そうなればラッキー。レースができそうな予感。これで、沖から高いマスト2本を含む船団がこちらにやってきたら、決まりだ。

12時30分 2時間走り続けたメディアボートが止まった。

ほぼ同時に、白い色が鮮やかなウイングマストの〈USA〉と、〈アリンギ5〉を囲むようにしてレース運営船団が沖からやってきた。れしいな。期待通りの展開になってきたぞ。

〈USA〉のウイングに比べると、ちょっと前まで最先端だった〈アリンギ5〉のスクエアヘッドのカーボン製メインセールが、ひどく時代遅れのものに見える。

12時45分 吹き始めから少し左に回った南南西風が、少し落ちてきた。やだよ、困るよ。頑張って吹いてくれよ。

〈USA〉は、ほとんど止まっているようなスピードでもタックできる。ウイングをすごく後傾させて、ウエザーヘルムで艇を回しているように見える。

近くをセーリングしている普通のヨットの走りから判断して、風速は6ノットから8ノットくらい。

13時45分 風は止まらないが、上がらない。

TVが、コミッティーボート上で、アゴをさすりながら「考え中」のハロルド・ベネット(レース委員長)の顔をアップで映す。プレッシャーかけられているな、TVから。かわいそう。

14時00分 コミッティーからレース艇やメディアボートにVHFで、「我々はスターティング・プロシージャーを始めるつもりはない。延期を続ける」と伝えられる。

風はさらに左に回り、南になった。

14時20分 コミッティーボートから、「延期信号を14時24分に降下する」との連絡。

14時25分にアテンション信号

14時29分に予告信号

14時30分に準備信号

14時35分、スタート

の手順になる。

コンパス方位180度でコースをセットする。「繰り返す、14時24分に延期信号を…」というVHFが入る。メディアボートや周囲の観戦艇が、歓声と拍手で包まれる。

いよいよスタート!

いよいよ第33回アメリカズカップが始まる。ドキドキしてきた。

14時30分 〈USA〉がセンターハルをフライさせ、25ノットくらいのスピードで、本部船側から猛然とエントリーする。

「猛然と」という表現が相応しいくらい、猛々しい。空飛ぶ恐竜を思い出す。もはや、これはヨットではない。

「〈USA〉はウォーターバラストなしで、7ノットの風でセンターハルをフライさせることができる。ウォーターバラストを積んでも、8ノットの風でフライする」というイアン・キャンベル(長くサウザンプトン大学のウォルフソン研究所にいて、アメリカズカップ艇の開発に携わった人で、前回のアメリカスカップではルナロッサに所属)の予想があったが、まったくその通りのセーリングを見せている。

スタートラインのポートエンドよりも3艇身ほど風下に下げた位置に打たれたポート側のエントリーマーク(この方式はRC44のレースでも使われる。スターボエントリー艇の有利性を少しでも減ずるための方法)から入った〈アリンギ5〉はその〈USA〉のスピードを見て、逃げ切れないと判断して、バウを上げて〈USA〉に向かうが、何か、肉食獣の目に射すくめられた草食動物のように、ポート艇として避航動作をしているフリをアンパイアに見せることも忘れて、そのまままっすぐ〈USA〉に向かった後、急にラフィングして〈USA〉のステディーコースの正面にポートタック艇としての横腹を見せる。

〈USA〉は数艇身以上前からコースをキープして〈アリンギ5〉に向かう。そして、風位は超えたものまだタッキングが完全に終わらない〈アリンギ5〉の1艇身前でラフィングし、非権利艇との衝突を避けたことをアピールして、ジョン・コステキがY旗を振り上げる。このレースのアンパイア・チームだけでなく、マッチレースを知っている者なら全員が納得する〈アリンギ5〉のペナルティーだ。

〈USA〉は思いもかけず転がり込んできたチャンスを生かし、ペナルティーを取ることを優先したため、スタートライン上での棋面は、〈USA〉が〈アリンギ5〉に近すぎる位置で、頭を出しすぎている、「ダイアルアップ崩れ」の様相となる。

ここで、〈USA〉のプライマリーウインチにトラブルが発生し(詳細は明らかにしてくれなかった)、ジブの操作ができなくなり、〈USA〉はコントロール不可能の状態になった。

〈アリンギ5〉はその隙に行き足をつけてアウターエンドを回ってジャイブし、ポートタックでスタートする。(つづく。 レポート/西村一広http://www.compass-course.com